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赤塚不二夫さんが、長い闘病生活の末、お亡くなりになった。 手塚治虫さんがなくなったときと同じくらい残念。 忘れもしない小学4年生の時。 長嶋選手の表紙で発売された少年サンデーは、当初大人の週刊誌の子供版の体裁で発売され、 勇んで購入した僕は、写真グラビアや、文章の記事が多く、期待していた漫画が少なく、がっかり したのを良く覚えている。 それまで漫画雑誌は月間誌しかなく、「少年」、「冒険王」、「日の丸」などが人気だった。 毎月、発売日が待ち遠しくて仕方が無かったものだ。 だから週間で発売されると知ったときは本当に嬉しかったのだ。 大人の週刊誌の子供版といった体裁は何号か続いたが、流石に読者の反応の悪さに気がついたのか、 その後はどんどん漫画の分量が増えて行き、それに連れて人気も急上昇。 その後、後を追って少年マガジンが発売になった。 しかし漫画週刊誌、特に少年サンデーの人気を不動にしたのは、僕が小学6年生のときの「おそ松くん」 の連載開始からだと僕は断言する。(だからなんなんだよ) 6つ子の兄弟は言うに及ばず、「シェー」「おフランスざんす」のイヤミ、 ハタ坊・チビ太などに加え、手塚治虫さんの、「ひょうたんツギ」の影響か、ストーリーとは関係なくあら われるケムンパスなどのキャラクターが大好きだった。 その後の天才バガボンになると、過激さはどんどん増して行き、いろんなキャラクターが登場し僕たちを 楽しませてくれた。 その中でも、「レレレのおじさん」。 これは僕が小学生の低学年のころ好んで読んでいた漫画家さん(お名前失念)の絵が参考になっている。 参考と言うかリスペクトというか、あの目の書き方、耳、手つきが全く同じなのだ。 きっと赤塚さんが尊敬していた方だったのだろう。 ああ、いくらでも思い出すなあ。勉強したことは全く覚えていないが、こういうことは良く覚えているんだよ なあ。 赤塚さんはあちらの世界に行き、先に旅立ったお仲間たちと一緒にウイスキーを飲みながら漫画の話を してるんだろうなあ。 合掌 |
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Arizona car loan new... 2008/09/10 20:59 |
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「弟子」のタモリのコメントはちょっとぐっと来るものがありましたね。 |
かかし 2008/08/05 16:33 |
私はバカボンで育った世代なので、さびしく思います。 |
PINE 2008/08/05 20:17 |
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